遺伝子実験施設では、平成17年8月10日(水)〜12日(金)に理科教員のための組換えDNA実験教育研修会を開催しました。研修会の講義概要や実験の様子を紹介します。研修会の趣旨や日程については、開催告知のページを御覧ください。

◆◆◆講義の様子◆◆◆

くらしの中のDNA

琉球大学 医学部 医科遺伝学分野 要 匡

 現在、「DNA」という言葉でインターネットを検索すると、なんと3500万件以上のページがヒットします(YAHOO JAPAN検索)。また、新聞やテレビ、書籍などでも「ヒトゲノム」「クローン」「遺伝子組換え食品」「DNA鑑定」「DNA診断」「遺伝子治療」といったDNAに関する話題をしばしば見かけるようになっています。私たちは、DNAの発見以来、DNAを調べ、操作出来るようになり、それを生活の中へ少しずつ取り入れ、いろいろな所でDNAに関わる技術や製品を使うようになってきました。 ここでは、現在行われているDNA操作の中で、最も重要であり、研修会で行う予定である組換えDNA実験の基本的な原理と、くらしや社会のなかでどのように応用されているかについて概説したいと思います。

LMOのABC

熊本大学 生命資源研究・支援センター バイオ情報分野 荒木 正健

 平成16年2月19日に『遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律』(規制法)が施行されました。この法律は、平成15年9月に発効した『バイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書』の的確かつ円滑な実施を確保することを目的としています。カルタヘナ議定書では、「遺伝子組換え生物」のことをLMO(Living Modified Organism)と呼び、LMOに関する正しい知識・情報が重要とされています。そこで、中学・高等学校等の理科実験室でも実施できるLMOの第2種使用(P1レベル)を中心に、規制法の内容を具体的に説明します。また、熊本大学が独自に開発した教育キット『PIKARI Kit』の内容を紹介します。

教育現場への遺伝子実験導入について

久留米大学附設高等学校・中学校 崎村 奈央

 授業をする上で最も重要なことは、「興味を持たせる」ことです。生徒たちが、科学に対して「おもしろい」と感じるならば、興味を持つことになるでしょう。 遺伝子組み換え実験でつくる「光る大腸菌」は、その名のとおり光るため、分かりやすく、「おもしろい」と感じる生徒が多いと思います。だから、これは生徒に興味を持たせるための良い教材といえます。しかし、単におもしろいというのではなく、もっと知りたいと思えるような魅力を伝えることができたら、さらに良い授業ができます。そのためには、教員がそのおもしろさを理解しなければなりません。「なぜ、クラゲの遺伝子が大腸菌という全く異なる生物の中で働くことがきるのか。」「なぜ、この技術を利用して作られた遺伝子組み換え食品は敬遠されているのか。」などなど、教科書に書いてあることだけが科学ではなく、日頃の生活が科学で説明できるという事を示していこうと思います。  先生方へは授業をする上で、少しでも参考になる話ができれば良いなと思います。

ミトコンドリアゲノムの不思議

熊本大学 医学薬学研究部 分子遺伝学分野 森 正敬

 ミトコンドリアは食物中の栄養物質を酸化して生体のエネルギー通貨であるATPを合成する細胞小器官である。最近では自発的な細胞死(アポトーシス、プログラム細胞死)にも中心的な役割を果たすことで注目されている。ミトコンドリアには独自のゲノム(遺伝子DNA)とその複製系やタンパク質合成系が存在し、部分的な自律性を備えている。ミトコンドリアゲノムは細菌のゲノムによく似ており、生物の進化の途上で小型の好気的細菌が大型の嫌気的細菌に共生して現在のミトコンドリアになったと考えられている(共生説)。ヒトでは母親の卵のものだけが子供に伝わる。したがってミトコンドリアゲノムの系統をたどっていくと母親の系統図を作ることができる。このようにしてヒトの祖先がアフリカの一女性から発したとするミトコンドリアイヴ説が生まれた。このように生物学的に面白いミトコンドリアであるが、最近になってミトコンドリア遺伝子の変異によっておこる病気が多くみつかり、ミトコンドリア病またはミトコンドリア脳筋症とよばれている。これらの話題を提供し、ミトコンドリアの不思議を考えてみたい。

遺伝子導入が上手なウイルスの話

熊本大学 大学院医学薬学研究部 感染防御学分野 原田 信志

 ウイルスは極めて小さな微生物である。細菌と異なるところは、細菌がDNAとRNAの両方をもって生存しているのに対し、ウイルスはDNAかRNAのどちらか一方しか持たない。そのため、ウイルスが細胞へ感染すると、細胞の核酸増幅機構に大きく依存して、そのDNAやRNAは複製される。しかし、確実にウイルスの遺伝子は細胞内へ導入される。その結果、感染細胞は破壊されエイズという病気になったり、どんどん増殖してある種の癌細胞になったりする。 ヒトに病気を起こすウイルスにはどんな種類があるのか? 細胞内でウイルスはどのようにして増殖するのか? その結果、ヒトはどのような病気を起こすのか? ウイルス感染症の治療はなぜ難しいのか? いくつかの例をあげて話してみたい。

遺伝子操作マウスの作り方

熊本大学 発生医学研究センター 臓器形成分野 荒木 喜美

 遺伝子は生命の設計図といわれており、設計図を解き明かそうと、ヒト、酵母、マウスなどの遺伝子を「読む」プロジェクトが進められ、書かれている文字(塩基配列)はほぼ明らかになってきました。しかし、書かれていることは見えても、その意味していることは何か、真の意味での「解読」はまだまだ進んでいません。何が書かれているのか知るためには、その言葉を書き換える(遺伝子操作を行う)と何が起こるのかを調べる、という手段が最も有効で、そのためヒトと同じほ乳動物であるマウスを用い、遺伝子改変マウスの作製と解析が広く行われています。代表的なものが、遺伝子を余分に入れた『トランスジェニックマウス』をつくり、働きを強化した場合に何が起こるかをみる「たし算」の手法、遺伝子を破壊した『ノックアウトマウス』をつくり、働きを無くした場合にどうなるかをみる「引き算」の手法の2つです。この2つは、いまや生命研究の場で広く行われ(もちろん熊本大学でも!)、手法的にも完成されています。どのようにしてこれら遺伝子改変マウスがつくられているのかをお話したいと思います。

実験動物と動物実験

熊本大学 生命資源研究・支援センター 病態遺伝分野 浦野 徹
  
 健康で心豊かな生活を過ごす事は多くの人の望みであるが、私達人間はこれを実現するために動物達の力を借りている、いや、動物達の力なくしては実現できないと言えるであろう。すなわち、1)家畜を食べての食生活、2)ペットから得られる精神的な安らぎ、3)実験動物を用いての研究成果から得られる健康的な生活等である。第三の実験動物は医学領域での話しで、実験に用いられる動物の種類としてはマウス、ラット、ウサギ等の他に、最近は遺伝子機能を解析するために作出した遺伝子改変動物など様々である。成人病、感染症、神経疾患、癌等の病気で苦しむ患者さんを救うために、そして医薬品、化粧品、食品添加物等の安全性を調べて安全な暮らしを確保するために、これらの実験動物達が大きな役割を果たしている。

グループ討論「先端生命科学の教育現場への導入−その光と影−」

熊本大学 生命資源研究・支援センター長 佐谷 秀行

 生物の進化は遺伝子の変異と生死による選択、つまり自然淘汰という単純な繰り返し作業によって行われてきた。地球が誕生してから長きに渡り、その変異と選択のプロセスにはまったく意図的な作業は差し挟まれることはなく、生物と環境のバランスによってのみその生存と存続、そして死滅が支配されてきた。しかし、ヒトという生物は、高度な精神活動能力を獲得したことにより、他の生物あるいは自身の遺伝子や細胞をある種の意図を持って操作できる技術を手中にし、長い生命の歴史の中で初めて偶然や自然に支配されない組織や生物を人為的に作成することを可能にした。私達は技術を獲得することによって得られる恩恵と同時に、その技術によって生じるあろう不利益を冷静に理解する必要があり、新たな発見や進歩だけを目指した科学から、哲学や倫理観に根ざした教育・研究を展開する必要がある。遺伝子組換え技術など先端生命科学がもたらす恩恵と問題点について例を示し、教育者、研究者として持つべき姿勢を参加者と共に討論したい。

◆◆◆実習の様子◆◆◆

◆◆◆修了記念写真◆◆◆


平成17年8月10日撮影

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熊本大学 生命資源研究・支援センター 遺伝子実験施設,
E-mail: www@gtc.gtca.kumamoto-u.ac.jp