優秀作品(7)

熊本大学・遺伝子実験施設・荒木正健
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2002年 3月19日更新


『死の病原体プリオン』(文学部)


 BSEは社会との関係を無視して捉えることができない。実際BSEの感染原因は汚染された牛を屠殺し、加工処理のうえ、他の牛のタンパク源として飼料にしていたことにある。このため、本来なら一代限りで終わるはずの病原体が飼料として生き残り、それを食べた牛へと広がっていったのだ。これは明らかに人間の技術のために生み出されたものであるといえよう。
 もっとも、この未知の事態に対しては誰にも責任を問えまい。仕方のないことだ。しかし、それ以降行政による委員会、サウスウッド委員会、イギリス農水省、大蔵省などの罪は見過ごせない。
 その罪とは行政または委員会がBSEに対する認識を誤り、そのため被害を拡大させたことである。本書では主にイギリスの対策を扱っているので自分もそれにならい説明を加えよう。イギリス政府は疑わしいものについて楽観する態度をとった。例えば実際に1988年政府はBSEを発症した牛の売買を禁止したが、同じ群れの牛については禁止しなかった。感染原因が飼料であれば、同じ群れの牛も感染している可能性がある。イギリス政府はそれを知っていながら容認したのである。さらに、酪農家や加工業者についての適切な補償も怠った。生産者である彼らにとって十分な補償もなく牛を処分したり加工飼料を棄却したりすることは生活上致命的なことだ。そのため当然政府の指示にも従わない者もでて、結果BSEを拡大させた。他にもBSE発見初期の段階でBSEは人に感染しないという発言をしたことがある。確かに当時BSEが人に感染した例は認められなかったが、マウスに感染したという実験結果があるので人にも感染するであろう可能性は否定できなかったはずだ。
 三つの例をまとめてみる。BSEに汚染された牛の群れに対して、処分を命じたのは発症したものだけで、汚染されている可能性のある牛が人間の食肉となる事態を招いた。関係業者への十分な補償がなく、そのため行政による指導が不徹底となった。確定していない問題、BSEは人に感染するかどうかを根拠もなしに感染しないと宣言した。「特定臓物」のことや「加工飼料」のことなどにも言及したいが、とりあえずこの三つを政府の誤りの代表としよう。これらのためにBSEはより多くの被害者をだすことになったのだ。
 自分は以前、エイズやハンセン病、水俣病についての本をそれぞれ読んだことがある。今回、BSEの本を読んで驚いたのはその類似性だ。水俣病は政府が企業を守ろうとしたため被害者を増やし、エイズは甘い認識のため非加熱製剤を用い薬害エイズを起こした。ハンセン病は逆に必要以上の警戒によって患者の人間的権利を阻害した。
 これらの事例を自分は病の人災と呼ぶことにしている。最初に言ったように一部の病気には社会との関係が強く、病気そのものの危険性を人が助長しうるものがある。BSEもその一つである。BSEは本来流行することのない単発型の病気だった。しかし、人間を介しての共食い、それを放置させた結果大流行が起きてしまったのだと考えられる。
 だが、人災ならば防ぐこともできるはずだ。2001年秋、ニューヨークでテロが起きたのとほぼ同時に日本でBSE感染牛が確認された。日本政府はこの局面でどのような対応をするだろうか。それが被害を拡大するか抑圧するかは主に人の手にかかっているといえよう。これまでもそうだが、これからの日本政府には大いに注目すべきである。なぜならこの病気の本質が人災であり、今のところ日本政府の手によってその被害が変わりうるからだ。


*****2001年度・優秀作品*****
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