2004年度 レポート第10回 回答集

熊本大学
生命資源研究・支援センター
バイオ情報分野
荒木 正健
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2006年 5月19日更新

2004年度 最前線の生命科学C レポ−ト第10回(2005年 1月12日実施)回答集

[ テーマ ]『クローン人間の誕生について』

[ 回答 ](全7人)

特に問題ではない(5人)
・クローン人間の誕生については、僕は弱い意見ながらも賛成だった。
 技術的に出来るかどうかはともかく、クローンとして誕生した人間を受け入れる体制が出来てさえいれば、特に問題はないのではないだろうか?
 ここで僕の言う受け入れる体制とは、社会的にも言えるだろうが、人間的な観念もだ。
 どこかで誰かが言っていたが、どんな形であれ新たに誕生した生命は、その生命自身のものだと、僕も思う。クローンは、成長してもそのオリジナルの人間そのものではないし、ましてやその人間の所有物でもない。一個の独自の生命として見ることが出来るかが、問題になってくると思う。
 確かに誕生の仕方からして、クローンはヒトの所有物(創造物)に思われやすい。でもそれを言うなら人間の赤子だってそうだ。生まれたばかりの赤ん坊は一人で生きていくことも出来ず、母親の所有物に近いのではないだろうか? 苦労してこの世に産み落とすわけであるし。しかし、実際母親がその意識のままでいれば、子に自意識が出てきたときに関係が破綻してくる。子は親の所有物ではない。クローンもまた、誕生の仕方はどうあれ、それと同じことだと思うのだ。
 生まれる前から、こうであって欲しい、こうであるように、と計画されて生まれてくることも、実質はおかしいように思う。例えば講義の例でいうなれば、夭折した子供の代わりにクローンの誕生を望む場合、生まれてくる子はまったく違う存在だと認識しておかねばならないと思う。誕生する前提からして、本人は代わりであることが望まれている。環境がことなれば形成される人格もことなってくる。特に幼少時の人格形成上、兄や妹、自分が誰かの代わりとして扱われることは、あまりいい影響を与えない。そのことは心理学でも分かっているはずである。アインシュタインの身代わりでも、シュワルツネッガーの身代わりでも、本人にはハタ迷惑な話ではないか。環境がすでに違っている以上、彼らは同じ人間にはなり得ないのだから。アインシュタインはアインシュタインであるように、育てられてきたわけではない。もし彼らが望まれる天才になったとしたら、彼らの努力をほめるべきである。
 講義で賛成を表明した人は、なんだかそういうことを踏まえていそうで、すごいなと思った。共感する。クローン人間にとってもいいことだと思う。
 ただ人間はほうっておいても生まれてくるみたいだし、あえてクローンで生み出さなくてもいいような気がする。まだ技術が安全だと確定していない以上、禁止していた方がいいのではないか、とも僕は思っていた。ただもうすでに生まれてしまったクローンは、社会でそのように扱われていって欲しいと思う。 (医学部)

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 あなたが想定している『クローンとして誕生した人間を受け入れる体制』が、今あるとはとても考えられません。法律など社会的なシステムについてもそうですし、人々の感情あるいは常識についても問題があると思います。ただし、いつ現実になるか判らない状況であるというのも間違いありません。『クローンとして誕生した人間を受け入れる体制』について、真剣に議論しなければならない時期に来ていると思います。 (コメント by 荒木)

・クローン人間を軍隊など、人権を無視したかのように使うのでなく、子供をなくしたケースなどの正当な理由で使うということであれば、特に問題はないと思います。あと、クローン人間をよく知らずに断固反対する人がたくさんいると思うので、作る前にその人たちに納得いく説明をしなければいけないと思います。 (医学部)

・同じゲノムをもつ人間が、千人、一万人単位で現れるのは、大反対です。地球上の人間がみんながみんな同じゲノムっていうのならまだしも、そうはいかないからです。歴史的な経緯からみてヒトは自分と同じ種族の味方です。それの小さい単位が家族であり、親戚であり、大きい単位が国です。(アメリカとかはそうと言えないかもしれませんが、中世ぐらいまではいろんな国でほぼ適用できるはずです。) つまり汎ゲルマン主義や汎スラブ主義、またはナチスによるユダヤ人の虐殺の繰り返しが考えられるのです。そういう意味ではいまさっきも述べたように大反対です。ましてや最強のゲノムをもつ軍隊や天才のゲノムをもつエリート集団(まぁ俗に天才と呼ばれる方々はお腹にいるときに右脳よりあとに発育する左脳が何らかの障害をうけ未発達になってしまうことによりなるサヴァン症候群だという話もあったけど・・・)はもっての他だと思います。
 でも、死んでしまった我が子を蘇らせたい気持ちは分かります。紀貫之だって土佐日記で「忘貝拾ひしもせじ白玉を恋ふるをだにもかたみと思はん」と詠っています。また、死んでしまった恋人のクローンを子供として育てたいと思う人もいるでしょう。やっぱりその人の遺伝子をもった子供が欲しいということです。だから不妊の夫婦がクローンで子供を作るっていうのも別に否定しません。
 そのようなわけで、クローン人間を大量生産というカタチで誕生させるのは大反対ですが、同じゲノムを持つ人間が2,3人いるぐらいなら別にいいと思います。だからクローン人間の誕生については別にいいと思います。 (医学部)

・授業ででてきたように、クローン人間による軍隊などに応用されるのは倫理的に絶対間違っていると思います。しかし、ただ単にクローン人間が誕生する、ということはそんなに驚異的なことではないと思います。一卵性双生児はまったく同じ遺伝子型をもってる天然のクローンですし、「遺伝子型が同じ」というだけなのですから。1人の子供がほしい場合に、クローン技術を利用するといいうのであればいいと思います。きちんと出生届けを出して、1人の人間として戸籍があれば、社会の中に実はクローン人間がいてもなんら問題ないと思います。「遺伝子型が同じだけ」であって、環境や生きている時代が違うのですから、まったく別の1人の人間として存在することができると思います。日本では、クローン技術の規制法はもう既にあるので、そういう人間が公に生まれることはないでしょうが、公にされることなくすでに作成されている可能性を完全に否定することはできません。クローン技術の規制法は、ES細胞などの生命科学の発展の障害となる可能性もあり、難しい問題だと思います。 (理学部)

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 「遺伝子型が同じ」だけで、一人ひとりは全く別人格、別の存在という認識は、とても重要なことだと思います。しかしながら、クローン人間作成を依頼している人達が、そういう事実を理解しているかどうかは疑問です。 (コメント by 荒木)

・個人的には別に構いはしないのですが・・・やはり環境の問題でしょう。クローンを受入れようとしない環境では、クローン人間の人にとっては単なる地獄にしか思えません。それではクローン人間を作ることそのものが罪となってしまいます。その環境さえ整ってしまえばいいのではないでしょうか? 
 しかし、一つ問題があるとすれば遺伝子不変性です。生命は全て遺伝子の変異によって発達してきました。クローンだらけになってしまえば、その遺伝子変異もほとんど起こらなくなってしまいます。(ただし、人為的な変異は除く)
 人間がこれから先生命として進化する足かせになりかねないと言えばなりかねないのですが・・・まあ、人間が生殖行為を捨てることはないでしょうし、問題ないですかね。よっぽど独裁統一国家が発達して生殖機能を切り捨てない限りは。 (医学部)

(反対 2人)
・私はクローン人間については反対です。確かにクローン人間がオリジナルと全く同じようになるとは限らないし、戸籍を貰えば一卵性双生児と変わらないとはいっても、周りの人はオリジナルの代わりとして受け取る人もいるだろうし、それに人の命を簡単に作り出せるようになってしまったら、クローン人間だけでなくすべての人間の命を軽く考えてしまうようになるのではないかと思うので、クローン人間を作り出すことは非常に危険なことであると思います。 (医学部)

・私は「クローン人間の誕生」には反対です。なぜなら、たとえマウスなどの動物で問題が見つからなかったとしても、クローン技術を人間に応用した場合本当に問題が起きないかどうかは分かりません。また何かしらの目的のためにアインシュタインのような人たちのクローンを作った場合、人間を作っているというよりは目的達成のための道具を作っているというような気がします。それに差別という大きな問題が生じる可能性も大いにあります。クローン人間を作るということは医学や生物学、倫理的にも問題があまりにも多すぎると思います。 (工学部)


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