2004年度 レポート第11回 回答集

熊本大学
生命資源研究・支援センター
バイオ情報分野
荒木 正健
Tel : (096) 373-6501, FAX : (096)373-6502
2006年 5月19日更新

2004年度 最前線の生命科学C レポ−ト第11回(2005年 1月19日実施)回答集

[ テーマ ]『生命を合成することについて』

[ 回答 ](全9人)

賛成(5人)
・生命を合成することについては私はきちんと自主規制を行なうならば賛成です。確かに今地球上に存在する以外の生命をヒトのちからでつくりだすことには私も多少の抵抗はあります。しかし有用な物質の安価な合成ができるようになるなどメリットのほうが大きいと思います。 (医学部)

・「合成生物学」というキーワードでGoogle検索をかけてみると、まず出てくるのが、「2004年12月13日、ゲイツ財団(マイクロソフト社のビルゲイツ社長が設立した慈善団体)が合成生物学の研究に4250万ドルの資金を提供することになった」という記事です。
 この記事を読んで、合成生物学の研究はこれからますます行われていくのだなあと感じました。「生命創造」に挑戦しようと進み出した研究者を制止することはできないのではないか思います。日経産業新聞のwabサイトの記事では、次のようなことが書かれていました。
「デューク大学の研究チームはダイナマイトの原料となるTNT火薬の濃度に応じて光るバクテリアを開発した。地雷原に散布すれば、地雷を簡単に発見できる道が開ける。近い将来、有害な重金属やガスを分解したり、微生物を一種の計算機のように使う時代が来るかもしれない。」
 人類の負の遺産として代表的な「地雷」を0にすることのできる可能性があるというのは素晴らしい応用例だと思いましたが、人工的に作り出したこの微生物が使用された後どのような影響を及ぼすのかなどを完全に予測するのは難しいのではないかと思いました。100%安全だ、危険性は全くない、と断言することはできないと思います。もともと自然界にない性質を持った生物がどのような挙動を示すのか、予測通りにはいかないと思うからです。
 しかし、こうした懸念があっても、可能性がある限り、研究者は挑戦してくるだろうと思います。コンピューターウイルスを多量に作り出しているようなハッカーたちのサブカル世界を作ってはならない、と思いました。そのためには研究者一人一人の意識が最も重要だと思いました。 (理学部)

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 力の入ったレポートありがとうございます。「分子生物学」の次に「合成生物学」がやって来るのは当然かも知れませんが、だからこそしっかり考えながら進める必要があると思います。私自身、分子生物学を専門とする研究者として、常に『生命』を意識して行動したいと思います。(コメント by 荒木)

・生命を合成するとは、一から人工的に生命を作り上げることだが、特に驚くべきことではないと思う。
 すでに人間においても、人工受精やら体外受精など、すでに自然の摂理に反して、人為的に作りあげてしまったからである。問題なのは、何のためにその技術を使うかである。悪用されれば、史上最大の被害を被るだろう。そのためにも、研究する際に規制をしっかりしなければいけない。 (医学部)

・一つの進歩だと思います。別に今は必要ないとか、危険性があるとかなどの反対はあるかも知れませんが、生命を合成する研究は進めていくべきです。というのも、その技術が、またはその応用が役に立つときがくるからです。危険性のこともありますが、それなしに科学の発展はありえないはずです。科学者たちはしっかりとシステムをつくり、無茶のない範囲で健全に研究していくべきです。 (医学部)

・生物の合成を禁止することによって、確かに合成生物学の悪用はある程度防ぐことはできるかもしれません。しかし、これからも合成生物学やゲノム科学は常に発展していくのでいくら生物の合成を禁止しても悪用の危険性は完全には避けられないと思います。それに生物の合成を禁止することは新しい生命を合成することで得られる医学面や環境工学面などへの大きな可能性をつぶしてしまうことにもなります。
 だから生物の合成を禁止するよりも、アシロマ会議のような話し合いの場を多く設けてこれからおこることになるかもしれない問題についてどういう規制を作るかなどのことをしっかりと決めてくほうが大切だと私は思います。 (工学部)

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 あなたの意見は、おおむね講義で使用した資料(NATURE月刊ダイジェスト11月号p3-5) の著者が伝えたいことだと思います。私も基本的に賛成です。 (コメント by 荒木)

(反対:4人)
・生命を合成することについては、僕はあまり、勧められたことではないように思う。  実際どうかは分からないが、お互い人間がそうであるように、生命は共生することは可能でも、支配することは無理なのではないだろうか? 生命を合成する、と言った場合、どうしても人間の利己的な作為が出てくるようで、あまりいい気がしない。人間の計画通りにその生命が動くとは限らないし、たとえその作為がうまくいったとしても、それはそれで問題があるように思うからだ。
 今ちまたにある問題が、生物を合成することで解決することになったとしても、そうやって人は自分たちが犯した罪を、他になすりつけて生きていくのだろうか? 好き勝手にやり続けて、後始末は他の生物に任せて、また問題を作り続けるのだろうか? どこに問題があったのか原因をきちんと考えない限り、同じことを繰り返すだけのような気がしてならない。対症療法的にその技術が必要になったとしても、原因を考えなければ根本的に間違っているような気がするのだ。  それに、生命を合成することと、生命の尊厳とか、そういったことを考えることは、別のことだと思う。
どんな手段で生まれても、それは一個の生命だ。合成する、という感覚的な優位性で、人間の傲慢さを助長するだけならば、僕はそういったことには反対する。
 人間は一人では生きていけないとか、植物・他の生物がいなければ生きていけないのだ、とか、今さらそういったことを言って、だから他の生命には感謝をしましょうね、などとまとめるつもりはない。ただ感謝することや、謙虚であることは、当然であるような気はしている。でもそれらは元からあって、当たり前のことだ。水や空気に対しても、人は謙虚であれということか? ただ、当たり前のことでも、感謝を持って生きている人間のほうが、僕は個人的に好きだ。とても古い精神だけれど、そういう人のほうが素敵に生きているような気がする。
 知識に善悪の区別はないから、後は使う人間の問題だ。そしてその技術で救われる人間や、救われる世界があったとしたら、後は受け入れることが出来るかという問題だ。よい結果も、そして悪い結果も。生命を合成しようとする科学者は、そういったことを少しでも考えていてほしいなと思う。功績を残して有名になったら、それで全てが終わりではない。利己的な理由や、興味だけで研究を進め、結果をおざなりにしてほしくはない。傲慢になってほしくもない。結局のところ、知識や技術がどうこうというより、この問題は使う人間の資質が問われてくるように思う。 (医学部)

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 『使う人間の資質が問われてくる』という意見に賛成です。また、水や空気に対して、地球に対して、人はもっと謙虚でなければならないと考えています。 (コメント by 荒木)

・分子生物学の進歩によって、基本素子である分子から生命現象が説明されるようになっています。今後は、分子から生命を合成することができるということが、生命を理解するということと同義になるかもしれません。実際、細胞の生命活動に最低限必要な遺伝子が示唆されており、それをベースとして生命体を構築する日が近い将来くるかもしれません。授業中には 生物を合成する研究の利害をよくわかったつもりですが、なかなか納得できません。もし研究が成功したら、生命は生命体を作ると同時に、作られている時代にもなってきたのではないかと思っているからです。 (文学部)

・生命を合成することは非常に危険であり、生物兵器などに使われでもしたら大変なことになると思います。今の時代テロが多く起こっていますので、もし利用されたとしたらより多くの命が奪われてしまうことになりますから、少なくとも今は生命を合成することはやめた方がいいと思います。 (医学部)

・以前からこれについてはしばしば考えていたことなんですが、やはり一般の技術として軽々しくこれを用いていくのは危険すぎます。国家レベル、または国際レベルの管理が必要ではないでしょうか?  種々の可能性、いや無限の可能性が秘められているのは確かですが、その可能性の中に世界が滅びてしまうような要素があるのは確かです。安全に技術を用いるには一人一人の意識が大事ですが・・・難問だなあ・・・。 (医学部)


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