第14回生命資源研究・支援センターシンポジウム

「21番染色体のトリソミーであるダウン症から考えるアルツハイマー病の新しい治療標的について」 

  長崎大学大学院医歯薬学総合研究科生命薬科学専攻分子創薬科学講座ゲノム創薬学分野 浅井 将 先生

 ダウン症者は特異的顔貌や低身長、肥満等の身体的特徴を呈すると共に、知的障害や先天性心疾患、消化器疾患等の合併症を伴い、早期からアルツハイマー病を発症する。本邦ではここ15年でダウン症児の出生が倍増すると共に、医学の進歩に伴ってダウン症者の平均寿命が飛躍的に延長したため、ダウン症者におけるアルツハイマー病が問題となってきている。

 一方、アルツハイマー病に対する根本的治療薬は未だ存在せず、アルツハイマー病は依然としてアンメットメディカルニーズの高い代表疾患である。近年、一次原因物質であるアミロイドβペプチド(amyloid-β peptide,Aβ)の産生酵素を阻害する化合物が開発され臨床試験が行われたが、副作用等の問題から相次いで開発中止となっている。そのため、アルツハイマー病に対する創薬開発にはこれまでとは異なる標的への戦略が望まれている。そこで我々は、早期からアルツハイマー病を発症するダウン症に着目し、21番染色体が3本になることによりなぜアルツハイマー病の早期発症を引き起こすのかを明らかにすると共に、新たな創薬標的となり得る分子を探索した。

 まず、ダウン症の表現型に深く関わる21番染色体上のダウン症責任領域と呼ばれる部位に存在する内在性カルシニューリンの抑制因子であるRCAN1(regulator of calcineurin 1)およびトラスジェニックマウスにおいて記憶学習能力の異常が報告されているDYRK1A(dual specificity tyrosine phosphorylation regulated kinase 1A)に着目し、主要Aβ分解酵素であるネプリライシンとの関連解析を行った。RCAN1またはDYRK1A を神経系培養細胞に過剰発現させるとそれぞれネプリライシンの活性が有意に低下し、ダウン症者由来線維芽細胞においてそれぞれのノックダウンによってネプリライシンの活性が回復した。薬理学的な解析からRCAN1 の作用は発現変化を介さないネプリライシンの代謝の亢進であること、またネプリライシンの細胞内領域の部分ペプチドを用いたin vitroキナーゼアッセイからDYRK1Aはネプリライシンの細胞内領域のリン酸化を介して活性を制御していることが示唆された。

 次に、Aβの前駆体であるAPP(amyloid precursor protein)を代謝する酵素のうち、Aβを産生しないようにアミロイド非産生経路で作用するαセクレターゼについてダウン症由来線維芽細胞を用いて解析した。その結果、恒常的に作用する構成的αセクレターゼが有意に低下していた。関連遺伝子の網羅的な発現解析から、この低下機構はαセクレターゼとして機能するADAM(a disintegrin and metalloprotease)ファミリーに属するメタロプロテアーゼ群の発現変化ではなく、αセクレターゼの調節因子の発現変化によることが示唆された。

 これらの結果から、21番染色体がトリソミーとなっているダウン症者では複数の要因によってアルツハイマー病の早期発症が引き起こされていることが明らかとなった。また、新たな治療薬開発の候補分子として、21番染色体のダウン症責任領域にコードされるDYRK1AやAβを産生しないようにAPPを代謝するαセクレターゼが挙げられ、特にDYRK1Aはネプリライシンに加えAPPやタウといったアルツハイマー病関連分子のリン酸化によって病態を悪化させることから、その阻害剤はマルチな作用点を有する新しい治療薬となり得る。