第3回遺伝子実験施設セミナー
日時;平成11年10月21日(木)
15:00〜17:00
場所;熊本大学遺伝子実験施設 6階 講義室
テーマ;『記憶、学習、行動と遺伝子』
講師および講演内容;
『ショウジョウバエ性行動の遺伝解析』
早稲田大学人間科学部人間基礎科学科 山元 大輔
キイロショウジョウバエの性行動を制御するメカニズムを分子レベルで解明するため、P因子挿入法によって突然変異を誘発し、8つの変異体を分離した。このうち satori と命名した系統は fruitless (fru) と呼ばれる遺伝子座の変異で、雄の性指向性が異性愛から同性愛に転換する表現型を示す。原因遺伝子のクローニングにより、fru 座が神経細胞の性を決定する転写因子様タンパク質をコードすることが明らかになった。変異体に正常型 cDNA を発現させ、表現型を救済したり、発現ニューロンを同定する試みを行っているので、その成果を紹介する。
『神経回路の伝達機構と調節』
京都大学大学院生命科学研究科認知情報学 中西 重忠
脳神経機能あるいは機能異常のメカニズムを理解するためには、神経回路における神経伝達のメカニズムを明らかにすることが不可欠である。脳神経の興奮を伝達するグルタミン酸受容体は、イオン・チャンネルを内在するNMDA型とAMPA/カイニン酸型の2種類のイオノトロピック受容体と細胞内情報伝達系に共役するメタポトロピック受容体(mGluR)に大別される。我々は、遺伝子工学と電気生理学を組み合わせた新しいクローニング法を開発し、NMDA受容体とmGluRを初めてクローン化し、両受容体は共に多種類のサブユニット(NR1,NR2A-2D)、あるいはサブタイプ(mGluR1-mGluR8)からなることを明らかにした。本会においては、グルタミン酸受容体を介した神経伝達のメカニズムに関して、我々の研究成果を紹介したい。
視覚系において、視細胞から情報を受ける双極細胞は、光の刺激によって興奮するON型細胞と暗さの刺激によって興奮するOFF型細胞が存在する。我々は、mGluR6がON型双極細胞に限局して発現していること、又mGluR6欠損マウスを作成し、mGluR6が光刺激に対する ON反応を引き起こす受容体であること、さらにmGluR6欠損マウスは、視覚刺激に反応する機能を維持するが、明暗のコントラストの識別の機能が顕著に低下していることを明らかにした。一方、OFF型双極細胞では、イオノトロピック受容体が暗さの情報を中枢に伝達する。以上の結果は、明暗の識別という基本的な視覚の情報処理が二次ニューロンにおけるイオノトロピック受容体とメタボトロピック受容体の巧妙な使い分けによってなされていることを示すものである。
小脳は、苔状線維、顆粒細胞、平行線維、プルキンエ細胞からなる神経回路を形成し、ゴルジ細胞はGABAを介して抑制的に本神経回路を制御している。我々はmGluR2プロモーターを用いヒトIL-2受容体(IL2-R)がゴルジ細胞に特異的に発現するトランスジェニックマウスを作成し、このマウスの小脳くも膜下腔にIL2-Rの抗体に毒素を融合したイムノトキシンを注入することによって、成熟マウス小脳からゴルジ細胞を選択的に欠失させる方法を開発した。この結果、ゴルジ細胞欠失によるGABA抑制が消失すると強い運動失調が生じること、さらにGABA抑制の消失が継続すると顆粒細胞のNMDA受容体が低下し、強調運動の障害は残るが急性の強い運動失調は回復することを明らかにした。以上の結果はゴルジ細胞が強調運動に必須であること、又、シナプス伝達の可塑的変化が脳機能障害の代償に重要な役割を果たしていることを示す。
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