第9回 遺伝子実験施設セミナー
日時;平成16年11月 5日(金)
15:00〜17:00
場所;熊本大学 生命資源研究・支援センター
遺伝子実験施設 6階 講義室(601)
テーマ;『ステムセル』
講師および講演内容;
『ES細胞における分化多能性と高い増殖能の維持機構』
京都大学 再生医科学研究所
奈良先端科学技術大学院大学 遺伝子教育研究センター
教授 山中 伸弥
胚性幹(ES)細胞はマウスやヒトの初期胚に由来する幹細胞で、様々な細胞へと分化できる多能性を維持したまま、高速で分裂する。これらの性質からマウスES細胞はノックアウトマウス技術の開発をもたらし、ヒトES細胞は細胞移植療法や薬剤スクリーニングの材料として期待を集めている。ES細胞の高い増殖能や分化多能性の維持機構を理解するために、ES細胞で特異的に発現している遺伝子群の同定を試みた。マウスES細胞に由来するExpressed sequence tag(EST)約3万クローンと他の臓器、組織に由来するEST約100万クローンを同じ遺伝子ごとにクラスタリングし、Digital Differential Displayにより発現頻度を比較した。その結果ES細胞や初期胚で特異的に発現する機能未知遺伝子ECAT(ES cell associated transcript)を複数同定した。ECATの機能や発現調節機構の解析により、ES細胞における特性維持機構が明らかとなりつつある。
『ニッチによる造血幹細胞の分裂制御』
慶應義塾大学医学部 発生・分化生物学
教授 須田 年生
幹細胞システムは、幹細胞と前駆細胞と成熟細胞の3つの分化段階からなる。幹細胞は、幹細胞を産み出す(自己複製する)能力をもつという点において、使い切りの前駆細胞と区別される。この幹細胞の自己複製機構、または、未分化性維持機構を明らかにすることを目的として、幹細胞自体、および、それを取り巻く微小環境(ニッチ)の研究が進展している。造血の幹細胞の機能は、放射線照射したマウスに移植したとき、造血を回復させ、長期にわたって造血を維持することができるかどうかで検討できる。この測定系により、造血幹細胞はほぼ単離され、幹細胞の自己複製に関わる分子機構が解明されつつある。
我々は、Ataxia teleangiectasia mutated (ATM)遺伝子欠損マウスにおいて造血幹細胞の機能低下を見いだした。このマウスでは、幹細胞の自己複製能の低下が見られた。造血幹細胞において、活性酸素レベルが上昇しており、これを還元剤投与によって低下させると、幹細胞の機能が正常に復した。さらに下流のシグナルには、p16INK4a, Rbなどの細胞周期制御因子が関与していることも明らかとなった。この幹細胞の酸素毒に弱い性質は、細胞分裂をせず、代謝の低い状態で、「冬眠している」ことと関連すると考えられる。
一方、幹細胞は幹細胞だけで自律的にその生存が維持されて性質が規定されているのではなく、幹細胞をとりまくニッチが大きな役割を担っている。ショウジョウバエの生殖幹細胞などでは、1回の分裂で幹細胞と分化した細胞を生み出す不均等分裂がみられ、幹細胞が接しているニッチ細胞によってその未分化性が規定されている。ニッチ細胞からは、未分化性を維持する因子、および分化シグナルを抑制する因子が産生されている。さらに、両者の間には接着装置が存在していて、これらの分子が幹細胞機能を維持するのに必須であると考えられる。
骨髄におけるニッチ細胞は、骨芽細胞、血管内皮細胞、さらには幹細胞以外の前駆細胞を含む造血細胞からなると考えられる。我々は、最近、Tie2受容体陽性の造血幹細胞が、骨内表面上に、骨芽細胞に接して存在することを見いだした。骨芽細胞からTie2受容体の結合因子であるアンジオポエチン(Ang-1)が産成され、細胞接着を促し、幹細胞を静止期(G0期)にとどめている。本講演では、幹細胞が、酸素毒などのストレスからいかに守られているかについて考察し、幹細胞の本体について議論したい。
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