熊本大学・遺伝子実験施設
熊本市本荘2ー2ー1
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2001年 3月28日
これが、平成10年度、私が初めて大学での授業を受け持つことにした、教養科目、I自然と情報、「生命科学G −−夢の技術PCR−−」のシラバスに載せた[授業の目標又は講義概要]です。そして何気なく(?)書いた次の一文が、予想外の結果を招きました。「評価方法:レポート及び出席状況」。そうです。試験を行わないと宣言した訳です。
この講義は、第1学年後期の全学生を対象に開講しました。前期の講義を受講し、ある程度大学生活にも慣れ、学問に燃えるという夢から覚めて現実的になった(?)学生さんは、「ちょっと面白そうで、しかも試験をしない」私の授業を歓迎しました。1998年10月16日、講義初日、「20人ぐらいは集まるだろうか?」と考えていた私が見たものは、教室に入りきれずに廊下や中庭にまであふれた大勢の人達でした。その日は予定していた講義を中止し、翌週から別のもっと広い教室で講義を始めました。結局その年の受講生は274人でした。
試験は行わなかったのですが、毎回講義中にレポートを書いてもらい、出席点としました。また、冬休みの課題レポートを提出してもらいました。これは、冬休みの間に課題図書の中からどれか1冊読んで、レポ−トを書いてもらうというものです。通常のレポ−トを各1点とし、冬休みのレポ−ト(5点満点)の点数と合わせて総合評価することにしました。
さて、講義の準備を行い、毎回200人以上のレポートに目を通し、冬休みの課題にいたっては、私なりにまじめに内容を評価しましたので、この講義に私が費やした時間はかなりのものです。しかしながら、この講義を通して私が得たものはそれ以上の価値があったと思っています。
そこで2年目も全く同じスタイルでシラバスを作成しました。その結果2年目の受講生は381人でした。250人でも多いと思っていたのですが、350人にもなると、問題点がより浮き彫りになりました。講義内容にいっさい関心を持たず、単に単位をもらうためだけに受講する学生(タイプ1)や、講義の終了間際に現れて、レポートをささっと書いて提出する学生(タイプ2)がかなりの数いました。もちろん代筆(タイプ3)もかなりいました。私にとっては、タイプ2やタイプ3はそれほど問題ではありません。せっかく面白い講義(私はそのつもり)を受講できるのに、知らないなんてかわいそうぐらいに思っています。困るのはタイプ1です。毎回講義に参加している学生の約半数はこのタイプだったような気がします。私の話をほとんど聞かず、配付した資料にも目を通さず、友人とおしゃべりを続ける学生の姿にはいつも失望感を感じざるを得ませんでした。最終日に、講義についての感想を書いてもらったところ、「面白かったけど、まわりが騒がしくて、説明が聞こえないこともあった。もっと人数を減らすべきだ。」という意見が半数を超えていました。おそらく自分のことを棚に上げている人が多いのではないかと思いますが、「人数が多すぎる」のは間違いありませんでした。
そこで、2000年度は(不本意ながら)期末試験を行うことにしました。毎回のレポート、冬休みの課題レポート及び期末試験の合計点で評価する訳です。その結果、2000年度の受講生は109人に減りました。もちろんこの中にもタイプ1やタイプ2,タイプ3の人はいます。しかしながら、100人程度だと全体を見回すことが可能です。受講生の反応を見ながら進める事も出来ます。まだまだ試行錯誤中ですが、1人でも多くの受講生が積極的に講義に参加してくれる様に知恵を絞っているところです。
前置き(?)が長くなりました。講義内容について、少しだけ紹介します。
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法は、DNA分子を数十万〜百万倍に増幅する魔法の技術です。PCRは1986年に発表され、開発したシ−タス社は、特許を抑えると同時に、耐熱性DNAポリメラ−ゼ(Taq DNA Polymerase)と、PCR反応を行うのに都合の良い恒温槽(PCRマシ−ン)を発売し、大成功を収めました。また、開発者のキャリー・マリスは、1993年度のノーベル化学賞を受賞しています。この技術は、親子鑑定や遺伝子診断に利用されているだけでなく、生命科学全般に影響を与えた画期的な技術です。もっとも、それが良いか悪いかは別問題ですが。講義では、PCRを理解するために必要な基礎知識と、PCRが開発される前後のバイオテクノロジ−について、テキスト[「遺伝子と夢のバイオ技術」野島博著、羊土社(¥1,600)]と補足資料を用いて説明します。文系の人も対象に進めますので、専門知識がある人には物足りないかも知れません。また、一方的に説明するだけでなく、受講生の感想や意見も取り入れた、フレキシブルで、しかも緊張感のある授業にしたいと考えています。ひとつの試みとして、最近ディベートを行ってみました。また、2000年度の冬休みの課題図書には下記11種類を選びました。
1)『あなたのなかのDNA −−−必ずわかる遺伝子の話−−−』
中村桂子 著
及び
『食卓の上のDNA −−−暮らしと遺伝子の話−−−』
中村桂子 著
2)『不自然な収穫』
インゲボルグ・ボ−エンズ 著、 関 裕子 訳
3)『失われた森−−−レイチェル・カーソン遺稿集−−−』
レイチェル・カーソン著、リンダ・リア編、古草秀子訳
4)『死の病原体 プリオン』
リチャ−ド・ロ−ズ 著、桃井健司・網屋慎哉 共訳
5)『薬害エイズ 終わらない悲劇』
櫻井よしこ 著
6)『イエスの遺伝子』
マイケル・コ−ディ 著、 内田昌之 訳
7)『動き出した遺伝子医療 −−−差し迫った倫理的問題−−−』
松田一郎 著
8)『脳死は本当に人の死か』
梅原 猛 著
9)『乙武レポート』
乙武洋匡 著
10)『生きてます、15歳』
井上美由紀 著
11)『ヒト「ゲノム」計画の虚と実』
清水信義 著
講義内容についてはホームページでも公開しています。興味がある方は、遺伝子実験施設のホームページ[http://gtc.gtca.kumamoto-u.ac.jp]の「スタッフ・荒木正健/教育活動/」を覗いて見て下さい。私が独断と偏見で選んだ「冬休みの課題レポート・1999・優秀作品」はオススメです。
最後に「切実な」お願いがあります。講義に積極的に参加する意欲のない方、タイプ1に分類される方は、私の授業を選択しないで下さい。他の人の迷惑になります。最近の学生さん(このセリフは自分が年寄りと言ってるようなものですが)は、「他の人と同じでいたい」という気持ちと、「自分さえよければそれでいい」という、一見矛盾する気持ちが強くなっているような気がします。「学問に燃えろ」とまでは言いませんが、今を大切に生きて下さい。「自分」の人生です。もっと積極的に楽しんで下さい。そして他人の人生のジャマをしないで下さい。