熊本大学・遺伝子実験施設
助教授 荒木 正健
熊本市本荘2−2−1
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2000年 3月31日
遺伝子[gene];遺伝形質を規定する因子。遺伝情報を担う独立した機能単位。転写されるRNA分子の全体(イントロンを含む)をコードするDNAの部分。遺伝子の中には、タンパク質をコードするもの(構造遺伝子)と、リボソームRNAや転移RNAなどの機能的なRNAをコードするものがある。
DNA;デオキシリボ核酸[deoxyribonucleic acid]の略称。2−デオキシリボース、プリン塩基もしくはピリミジン塩基、及びエステル結合リン酸基の3成分より構成されるヌクレオチド残基が、3’,5’−ホスホジエステル結合し、ポリマー(1本鎖)を形成している。塩基としては、アデニン(A)グアニン(G)シトシン(C)チミン(T)の4種類が主に使用され、他にメチル化などの修飾を受けた微量塩基を含むこともある。AとT、CとGはそれぞれ2本及び3本の水素結合を形成し、この相補的塩基対形成によりDNAの2重らせん構造が安定化される。
染色体[chromosome];線状のDNA分子とヒストンを主とするタンパク質が主体となってできており、DNAの塩基配列に遺伝情報が担われている。核内に存在する染色体の数、大きさ、形などは生物種に固有のものになっている。染色体は、複製起点、動原体(セントロメア)、テロメアの3種の特別な塩基配列を有しており、このため細胞周期ごとに正確に複製・分配される。
ゲノム[genome];ある生物の全染色体に蓄えられている全遺伝情報。ヒトのゲノムは、22対の常染色体とXX又はXY性染色体から成り、その塩基数はハプロイドゲノム(半数体)当たり3x109〜4x109bpである。
DNAによって担われた遺伝情報は、DNA自身の複製によって子孫へと維持、伝達されていく。その一方で遺伝情報はDNAからRNA、そしてRNAからタンパク質へと伝達、発現していくが、その流れは一方通行である。この遺伝情報伝達の一般原理をセントラルドグマという。ただし、例外的に、RNAからDNAという流れもある(主にレトロウイルスにみられる逆転写酵素反応)。
転写[transcription];ゲノムDNA上の構造遺伝子は、蛋白の暗号を持つ「蛋白コード領域、エクソン」と蛋白の情報を持たない領域「イントロン」から構成される。RNAポリメラーゼが、DNAを鋳型(テンプレート)として塩基の対合則に従い相補的なRNAを5’から3’の方向へ合成する反応を転写と呼ぶ。 【図1.参照】
図1.タンパク質をコ−ドする遺伝子の転写と翻訳
翻訳[translation];遺伝暗号は、3塩基の並びがひとつのアミノ酸の種類を決めるトリプレット・コード(3連子暗号)である。タンパク質の1次構造は、mRNAの開始コドン(AUG→メチオニン)から終止コドン(UAA,UAG,UGA)に至るコード領域[coding region]上のトリプレット(コドン)の順序によって規定される。4種類の塩基配列情報を読み取って、20種類のアミノ酸配列に変換することを翻訳という。遺伝暗号表は地球上の生物全てに共通であり、全ての生物は共通の祖先から進化したことを暗示している。 【表1.参照】
表1.遺伝コ−ド
mRNAの3個1組のヌクレオチドのトリプレット(コドン)は、タンパク合成に際し、ここに示した規則に従ってアミノ酸に翻訳される。例えば、コドンAUGとAGCは、それぞれメチオニンとセリンに翻訳される。
1文字目 | 2文字目 | 3文字目 | |||
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5'末端 | U | C | A | G | 3'末端 |
U | Phe | Ser | Tyr | Cys | U |
Phe | Ser | Tyr | Cys | C | |
Leu | Ser | 終止 | 終止 | A | |
Leu | Ser | 終止 | Trp | G | |
C | Leu | Pro | His | Arg | U |
Leu | Pro | His | Arg | C | |
Leu | Pro | Gln | Arg | A | |
Leu | Pro | Gln | Arg | G | |
A | Ile | Thr | Asn | Ser | U |
Ile | Thr | Asn | Ser | C | |
Ile | Thr | Lys | Arg | A | |
Met | Thr | Lys | Arg | G | |
G | Val | Ala | Asp | Gly | U |
Val | Ala | Asp | Gly | C | |
Val | Ala | Glu | Gly | A | |
Val | Ala | Glu | Gly | G |
翻訳後修飾;mRNAの翻訳によって生じたポリペプチド鎖は、多くの場合最終生成物ではなく、さらに種々の生化学的反応を経て初めて立体構造が整い、生理活性を有するようになる。具体的には、ペプチド鎖N末端残基(メチオニン)の加水分解による除去、アミノ酸側鎖におけるS−S結合の架橋、糖鎖の付与、リン酸化、メチル化、ポリペプチド鎖の特異的な切断などがある。
逆転写酵素[reverse transcriptase];RNAからDNAへ逆に転写する酵素。1970年にマウス白血病ウイルスとニワトリのラウス肉腫ウイルスから初めてこの酵素が発見された。エイズ(AIDS)の原因となるヒト免疫不全ウイルス[human immunodeficiency virus:HIV]などのウイルスは逆転写酵素を持っており、レトロウイルス[retrovirus]と呼ばれる。
制限;細菌類がバクテリオファージなどの外来DNAを分解する防御機構。細菌自体のDNAはメチル化による修飾によって防御されているので分解されない。
制限酵素;2本鎖DNAの3〜8ヌクレオチドから成る特異的配列を識別し、2本鎖DNAを切断する酵素。 【図2.参照】
図2. 制限酵素とDNAリガーゼ & 図3. プラスミドのアガロースゲル電気泳動による分離
DNAリガーゼ;2本鎖DNAに作用し、隣接したポリヌクレオチドの5’末端のリン酸基と3’末端の水酸基をフォスフォジエステル結合で連結する酵素。
反応のエネルギー源として、ATPが必要。 【図2.参照】
プラスミド;小型の環状DNA分子。ゲノムとは別個に複製し、細胞の中で安定に保持される。
DNAクローニングのベクターとして広く用いられる。アガロースゲル電気泳動により、プラスミドの3種類の状態(cc,oc,linear)を知ることが出来る。 【図3.参照】
制限酵素地図;各種の制限酵素によるDNA分子の切断部位を図示したもの。
プラスミドやPCR産物の同定などに利用される。
ポリメラーゼ;ヌクレオチドの重合反応を触媒する酵素。鋳型となる核酸を必要とし、鋳型鎖に相補的なポリヌクレオチド鎖を合成する。
DNAポリメラーゼ;DNA複製においてDNA鎖の伸長を行う酵素。複製反応を開始するためには、鋳型となる1本鎖DNAと、プライマーと呼ばれる短いポリヌクレオチドが必要である。また、5’→3’の方向にのみDNA鎖を伸長する。 【図4.参照】
DNA塩基配列決定法;分析しようとするDNA領域を鋳型とし、そのすぐ上流(5’側)に結合するプライマーを用いてDNAポリメラーゼによる修復合成を行う。この際、基質の類似体としてジデオキシヌクレオシド3リン酸を少量加えておくと、ジデオキシヌクレオチドが取り込まれた位置でDNA鎖の伸長が停止する。4種(A,G,C,T)の塩基それぞれに対応するジデオキシヌクレオチドを用いて反応を行い、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行う。4種の反応産物のバンドの相対位置から配列を読み取る。ジデオキシ法またはサンガー法と呼ばれるこの方法をベースにし、シークエンシングに適したベクターの開発、使用するポリメラーゼの改良、バンド検出のための標識方法の工夫、自動DNAシークエンサーの開発などが行われている。 【図5.参照】
図4.ポリメラーゼ反応 & 図5.シ−ケンス反応
ハイブリダイゼーション[hybridization];1本鎖DNAまたはRNAが相補的塩基対形成によってハイブリッド(雑種2本鎖核酸分子)を形成すること。相同性を有する核酸分子同士は、熱変性後、徐冷により相補的塩基配列部分で2本鎖を形成することが出来る。
核酸の変性;2本鎖DNAの溶液を、高アルカリ性(pH11.5以上)又は一定温度以上にすると、2重らせん構造が壊れて相補鎖が離れ、それぞれがランダムコイル状になること。類似のことは、1本鎖の核酸(DNA及びRNA)がつくる立体構造についても当てはまる。温度を上昇させたときの変性の中間点の温度を融解温度[melting temperature](Tm)という。その値は、生理的条件では85〜95℃で、GC含量が1%増加するごとに0.4℃上昇し、塩濃度が高くなるほどTmの値も大きくなる。
相同性(ホモロジー[homology]);同一もしくは類似の配列を持つことを意味する用語。DNAの塩基配列についても、タンパク質のアミノ酸配列についても用いられる。ホモロジーが高い、ホモロジー80%(例えば100塩基中80塩基が一致している)などと使う。
プローブ[probe];特異的な塩基配列を検出する為に、放射性同位元素(RI)やジゴキシゲニン[Digoxigenin](DIG)、ビオチン[Biotin]などで標識したDNAもしくはRNA断片。
サザンブロット法[Southern blotting];特定の遺伝子またはDNA断片をフィルター上に検出する方法。DNAを制限酵素で切断し、アガロースゲル電気泳動を行い、ゲル内のDNA断片をそのままフィルター上に写し(この操作をブロッティングという)、標識したプローブとハイブリダイズさせて検出する。
ノーザンブロット法[northern blotting];細胞中で発現している遺伝子転写産物(mRNA)のサイズや存在量を解析する方法。細胞から抽出した全RNAもしくはmRNAを変性アガロースゲル電気泳動後、ナイロン膜やニトロセルロース膜に写しとり、膜上で固定し、目的の遺伝子プローブとのハイブリダイゼーションを行う。
クローニングベクター[cloning vector];目的のDNAを挿入し大腸菌などで増幅維持するためのベクター。クローニング用の制限酵素部位とその存在を示す選択マーカーが必要である。目的とするDNAのサイズに応じて、プラスミドベクター(0〜10kb)、ファージベクター(0〜10kb,9〜23kb)、コスミドベクター(35〜45kb)、BAC[bacteria artificial chromosome]ベクター(最大300kb)、YAC[yeast artificial chromosome]ベクター(最大1000kb=1Mb)などがある。
遺伝子ライブラリー[gene library];ゲノムDNAライブラリー[genomic DNA library]とも言う。単一の生物種の全ゲノムDNA断片を含むファージ、コスミドなどの集合体。
cDNAライブラリー[cDNA library];組織や細胞由来のメッセンジャーRNAをまるごとcDNA化し、ベクターに挿入して多種類のcDNA分子種の集合体としたもの。
スクリーニング[screening];目的の性質や構造を持った生物や分子を選択すること。ライブラリーの中から、特定の遺伝子や特定の構造を持ったDNA断片をハイブリダイゼーションなどにより同定、選別、取得すること。
PCRの原理;DNAポリメラーゼがDNAの合成に際してプライマーを必要とし、このプライマーから5’→3’の方向へDNAを合成していくということを利用して、(1)DNAの1本鎖への変性(94℃)、(2)プライマーの結合(55℃)、(3)耐熱性DNAポリメラーゼによる相補鎖の合成(72℃)、というサイクルを何回も繰返すことにより、目的とする遺伝子領域だけを増幅させることが出来る。 【図6.参照】
図6.PCR反応の模式図
PCR産物の電気泳動による解析;PCRを行う場合、鋳型になるDNAを入れていないサンプル(negative control)と、必ずPCR産物が出来るはずのサンプル(positive control)を入れる必要がある。 【図7.参照】
図7.PCR産物の電気泳動による分離
PCRの利用法;PCRの応用はさまざまな分野で行われており、無限の可能性を秘めているようであるが、その中からいくつかピックアップしてみた。
PCRの問題点;主な問題点は以下の3点である。
※図は許可が下りてから挿入
ジ−ンタ−ゲッティング & 生殖キメラマウス作製
核移植法;一つの細胞核を、核を抜き去った受精卵または未受精卵に移植し、仮親の卵管または子宮に戻して発生させる方法。
クロ−ン動物;核移植法を用いて作製された、全く同じ染色体のセットを持つ動物。ただし、細胞質中のミトコンドリアにも遺伝子が存在し、通常の生殖では母親から遺伝している。核移植を行う場合、受け手側の無核受精卵(または未受精卵)のミトコンドリアを利用することになるので、厳密には、同じメスの体細胞核と卵細胞を用いる場合以外は、遺伝学的に同一とは言えない。
なぜクロ−ン動物の研究が盛んなのか?;
クロ−ン動物の問題点(生物学的に);
遺伝子診断[genetic diagnosis]:遺伝子の異常を診断すること。(1)被験者自身の遺伝子を調べる場合(狭義の遺伝子診断)、(2)被験者に発生した腫瘍の遺伝子(の変化)を調べる場合、および(3)被験者に感染している(かもしれない)細菌やウイルスの存在、または型を同定する場合、の3種類に分けられる。ヒトの遺伝子診断は、その時期によって出生前診断、発症前診断および鑑別診断のための遺伝子検査に分けることが出来る。
出生前診断[fetal diagnosis]:出生前に先天異常を診断すること。先天異常の発生予防、胎児治療、早期療育、母性保護、分娩方針決定を目的とする。夫婦が染色体異常または重篤な遺伝病保因者、異常児分娩歴、高齢妊娠、超音波で重篤な胎児異常を認める場合に限る。染色体異常、単一遺伝子病、先天性代謝異常などが対象となる。
[例:鎌状赤血球貧血、サラセミア症候群、アデノシンデアミナ−ゼ欠損症、血友病AおよびB、家族性高コレステロ−ル血症、Lesch-Nyhan 病]
遺伝子診断の問題点:分子生物学の発展にともない、遺伝病の原因遺伝子が次々と明らかになってきている。しかしながら、まだ治療法が確立していない遺伝病も多く、まだ発症する前に診断出来るということが、必ずしも良いとは限らない。
遺伝子治療の当初の発想は、遺伝子工学のテクノロジ−を用いて遺伝性疾患を根本的に治そうということであった。この場合、他の正常遺伝子に手をつけることなく欠陥のある遺伝子だけを修復することが出来れば理想的である(遺伝子の治療)。しかしながら、現在の技術では不可能である。
そこで、現在検討されている遺伝子治療は、遺伝子の欠陥を有する細胞に正常遺伝子を単に補充したり、異常遺伝子によって引き起こされる病態を抑えるような遺伝子を導入することである(遺伝子による治療)。つまり、欠陥遺伝子はそのまま残っている。
遺伝子治療の基本概念
遺伝子治療に適した疾患の性質
体細胞遺伝子治療[somatic cell gene therapy]:現在の遺伝子操作技術では、標的細胞のゲノムになんらかの構造的な変化が生じるのが一般的である。とくに導入遺伝子が染色体DNAにランダムに組み込まれることにより、重要な遺伝子が破壊される危険性がある。そこで、遺伝子導入の標的細胞は、次の世代に影響しない体細胞に限定されている。
生殖系列遺伝子治療[germline gene therapy]:卵や精子などの生殖細胞や受精卵に対して遺伝子操作が行われると、その遺伝子操作の影響は良い面も悪い面もすべてその子孫に引き継がれていくことになる。従って、体細胞遺伝子治療だけが認められ、生殖系列遺伝子治療は禁止されている。
ADA(アデノシンデアミナ−ゼ)欠損症:ADAは、アデノシンをイノシン、デオキシアデノシンをデオキシイノシンへ脱アミノさせる触媒酵素で、全ての体組織、細胞に存在している。ADA欠損症は、リンパ球減少にもとづく致命的な重症複合免疫不全症である。この酵素が欠損することにより、基質であるアデノシンおよびデオキシアデノシンが細胞内や血液中に蓄積する。高濃度のアデノシンは、血液細胞に対して選択的に毒性を示し、特にT細胞およびB細胞の増殖分化と生存能を傷害する。これまで、ヒト主要組織適合抗原(HLA)の一致した血縁骨髄ドナ−による骨髄移植が第1選択の治療法で、90%近い生存率が得られている。しかしながら、HLA一致の血縁骨髄ドナ−の存在は、症例の30%前後に過ぎない。
ADA欠損症の遺伝子治療:患者から末梢血T細胞を採取し、レトロウイルスベクタ−を用いて正常ADA遺伝子を導入する。培養後、静脈内投与する。この操作を何回も繰り返す。将来的には、骨髄中の血液幹細胞への遺伝子導入が期待されている。