「神経回路の伝達機構と調節」

熊本大学・遺伝子実験施設
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1999年10月 1日 更新


「神経回路の伝達機構と調節」
  京都大学生命科学研究科
     教授  中西 重忠

 脳神経機能あるいは機能異常のメカニズムを理解するた
めには、神経回路における神経伝達のメカニズムを明らか
にすることが不可欠である。脳神経の興奮を伝達するグル
タミン酸受容体は、イオン・チャンネルを内在するNMDA
型とAMPA/カイニン酸型の2種類のイオノトロピック受
容体と細胞内情報伝達系に共役するメタポトロピック受容
体(mGluR)に大別される。我々は、遺伝子工学と電気生理
学を組み合わせた新しいクローニング法を開発し、NMDA
受容体とmGluRを初めてクローン化し、両受容体は共に多
種類のサブユニット(NR1,NR2A-2D)、あるいはサブタイ
プ(mGluR1-mGluR8)からなることを明らかにした。本会
においては、グルタミン酸受容体を介した神経伝達のメカ
ニズムに関して、我々の研究成果を紹介したい。
 視覚系において、視細胞から情報を受ける双極細胞は、
光の刺激によって興奮するON型細胞と暗さの刺激によって
興奮するOFF型細胞が存在する。我々は、mGluR6がON型
双極細胞に限局して発現していること、又mGluR6欠損マ
ウスを作成し、mGluR6が光刺激に対する ON反応を引き
起こす受容体であること、さらにmGluR6欠損マウスは、
視覚刺激に反応する機能を維持するが、明暗のコントラス
トの識別の機能が顕著に低下していることを明らかにした。
一方、OFF型双極細胞では、イオノトロピック受容体が暗さ
の情報を中枢に伝達する。以上の結果は、明暗の識別という
基本的な視覚の情報処理が二次ニューロンにおけるイオノト
ロピック受容体とメタボトロピック受容体の巧妙な使い分け
によってなされていることを示すものである。
 小脳は、苔状線維、顆粒細胞、平行線維、プルキンエ細胞
からなる神経回路を形成し、ゴルジ細胞はGABAを介して抑
制的に本神経回路を制御している。我々はmGluR2プロモー
ターを用いヒトIL-2受容体(IL2-R)がゴルジ細胞に特異的に
発現するトランスジェニックマウスを作成し、このマウスの
小脳クモ膜下腔にIL2-Rの抗体に毒素を融合したイムノトキ
シンを注入することによって、成熟マウス小脳からゴルジ細
胞を選択的に欠失させる方法を開発した。この結果、ゴルジ
細胞欠失によるGABA抑制が消失すると強い運動失調が生じ
ること、さらにGABA抑制の消失が継続すると顆粒細胞の
NMDA受容体が低下し、協調運動の障害は残るが急性の強い
運動失調は回復することを明らかにした。以上の結果はゴル
ジ細胞が協調運動に必須であること、又、シナプス伝達の可
塑的変化が脳機能障害の代償に重要な役割を果たしているこ
とを示す。


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