「幹細胞と再生医学」
京都大学医学研究科、
理化学研究所発生再生科学総合研究センター
教授 西川 伸一
ヒトゲノム情報のドラフト配列が公開され、全ゲノムの完全な情報が得られるのも時間の問題となってきた。これを背景に、ポストゲノム、或いはポストゲノムシークエンスが、プロジェクト型生物科学の次の目標として広く認識され、多くのプロジェクトが世界中で進められている。例えばアメリカ等で始められた生きた細胞を新たに生み出す計画は、数多くのポストゲノム科学の中でも最も困難な課題として認識されており、このプロジェクト自体にどれほどの実現性があるのか全くわからないほど野心的なプロジェクトと言えよう。そして、生きた細胞を自由に生み出すことができない間は、既に生きている細胞や組織を利用せざるを得ない。この生きた細胞やそれから造った組織を自由に調整する技術を開発するのが今の再生医学の重要な分野である。
再生医学の中心をなす細胞治療の歴史を考えると、輸血を皮切りに、生きた細胞の医療への導入が長い時間をかけて進んできた。もちろん輸血ですら薬物治療とは異なる様々な問題をはらんでいるため、できる限りその使用を減らすための努力が続けられている。しかし、これまでの工学や薬学の進展にかかわらず、現行の細胞治療ですらそれに代わる方法がほとんど開発できていないことは、骨髄移植による白血病の治療や、火傷に対する皮膚移植、そして様々な移植医療分野を見れば明らかであろう。いやそれどころか、様々な細胞や組織を利用した医療はますます重要な分野として認識され、これまで治療法のなかった多くの疾患治療、或いはより積極的なquality of life増進を可能にする重要な方法として期待が集まっている。
この期待には基礎幹細胞生物学における大きな技術革新と、概念の変化が背景として存在する。従って、本講演では、1)幹細胞を操作するための様々な技術、2)幹細胞についての新しい概念の発展、即ち体性幹細胞と、幹細胞の可塑性、3)クローン動物と初期化の問題 そして4)ES細胞の研究、の4項目について概説し、これらの進展が再生医学に本当に寄与するためには、更にどのような方向の研究が必要か述べてみたいと考えている。
このように、再生医学を支える幹細胞研究への期待は大きいが、じっさいには幹細胞の生態については意外なほどわかっていないのが実情である。このことは、理屈がわかった上で臨床応用が進むためには、まだまだ基礎的な研究が必要であることを意味している。この基礎的研究の重要性について、リンパ組織の形成や、色素細胞の発生についての我々の研究を例に紹介したいと考えている。
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