第5回遺伝子実験施設セミナー
日時;平成13年11月16日(火)
16:00〜18:00
場所;熊本大学遺伝子実験施設 6階 講義室
テーマ;『アポトーシス:プログラムされた細胞死』
講師および講演内容;
『神経細胞死の分子遺伝学』
理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞修復機構
チームリーダー 三浦 正幸
脳を含む神経系では複雑な細胞社会の中で神経細胞死が実行されている。この神経細胞死を調節する因子の探索は、生体での表現型を指標にした遺伝学的なスクリーニングによって行うのが理想的と考えられる。
この目的のために私たちはショウジョウバエをモデル生物として用いて研究を進めている。この動物は発生遺伝学的な研究に適し、ゲノムプロジェクトが終了したことによって遺伝学的スクリーニングによって得られた変異体での原因遺伝子を特定することが迅速に行え、さらに特筆すべきは、ヒトの神経変性疾患に類似したモデルを作ることができ、ほ乳類では困難な、発症に時間のかかる神経変性疾患の遺伝学的な研究をショウジョウバエを用いて行えるのではないかとの期待がもたれていることである。
今までの私たちの研究によって、カスパーゼの活性化機構がヒトとショウジョウバエで保存されていることが明らかになり、特に発生初期の未分化な神経細胞死の調節にApaf-1と呼ばれるカスパーゼ活性化因子が重要な役割を果たすことを明らかにしてきた。Apaf-1 の上流でショウジョウバエ細胞死を誘導する因子reaperが知られている。reaperによる細胞死実行経路を遺伝学的に明らかにする目的で、染色体欠失系統を用いたreaperのドミナントモディファイアースクリーニングを行った結果、JNK の活性化がreaperによる細胞死実行に深く関わっていることが明らかになった。このようなカスパーゼに依存する細胞死メカニズムに加え、カスパーゼ非依存的な細胞死が神経変性に重要な役割を果たすという知見が蓄積されている。
そこで、私たちは、新規神経細胞死実行経路を網羅的に同定する遺伝学的なスクリーニングを行っておりその結果も合わせて報告したい。
「細胞死の分子機構」
大阪大学大学院医学系研究科・遺伝学
教授 長田 重一
細胞死は形態学的に大きく、アポトーシス、ネクローシスに分けられている。ネクローシスでは、細胞の核やミトコンドリアが膨潤、細胞膜が破裂して死にいたる。一方、アポトーシスでは細胞膜の湾曲、核の凝縮・断片化とともに、染色体DNAがヌクレオソームの単位に断片化する。そして、この過程の最終段階では、細胞自身が断片化され、その内容物を含んだまま隣接する食細胞にとりこまれて処理される。
私達は、"death factor"として作用するサイトカイン(Fasリガンド) とその受容体(Fas)を同定し、この因子は細胞に本来備わっているアポトーシスのシグナル伝達系を活性化し、細胞を数時間内に死に導くことを示した (Cell 88, 355, 1977)。そして、Fas,Fasリガンド遺伝子に変異を持つマウスを同定し、"death factor" が欠如すると異常なリンパ球を蓄積し、自己免疫疾患、癌等へと導くことを示した。
一方、Fasリガンドによるアポトーシスのシグナル伝達機構の解析から、この過程にはカスパーゼと呼ばれる特異的なプロテアーゼ、このプロテアーゼによって活性化されるDNase(CAD,caspase-activated DNase)の存在を明らかにした (Nature 391, 43, 1998: Nature 391, 96, 1998)。
そして最近、CADが活性化されないマウスを樹立し、このマウスでもアポトーシスは正常に起こること、マクロファージ等の食細胞はアポトーシスを引き起こした細胞を貪食した後、積極的にその細胞の死に関与していることを示した(Genes & Dev. 14, 549, 2000)。
ところで、染色体DNAの分解はアポトーシスの過程ばかりでなく赤血球や、目のレンズ細胞の分化過程でも起こる。アポトーシス細胞を貪食した後、その細胞のDNA分解に関与していると考えられたマクロファージのリソソームに存在するDNase IIの欠損マウスを樹立したところこのマウスは胎児の段階で死滅した (Science 292, 1546, 2001)。
このマウスでは成熟した赤血球がほとんど見られず、その胎児肝臓には分解できない大量の核を持つマクロファージが見いだされた。このことは、赤血球の前駆細胞から核が除去される過程(脱核)には、マクロファージが積極的に関与していること, アポトーシス細胞のマクロファージによる貪食と同様の機構が赤血球の分化過程での脱核にも関与している可能性を指摘している。
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