熊本大学・遺伝子実験施設
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1998年10月 8日 更新
「個体老化の分子機構」
我々はトランスジェニックマウスを作成する過程で挿入突然
京都大学大学院医学研究科
教授 鍋島 陽一
変異によって早期老化症状を呈するKlothoマウスを樹立した。
多彩な老化症状は単一遺伝子の欠損に起因しており、原因遺伝
子のクローニングと構造、機能解析、また、様々な老化症状の
発症機構の解明を進めるために変異マウスの詳細な解析を行っ
た。
本変異マウスは常染色体性劣性遺伝形式をとり、ホモ個体で
は(1)成長障害(2)早期死亡(3)動脈硬化(4)骨粗
しょう症(5)神経細胞の脱落(6)性腺の萎縮(7)胸腺の
萎縮(8)軟部組織の石灰化(9)皮膚の萎縮、など多彩な老
化症状を呈する。しかし、クレアチニン、アルブミン値などは
正常で単なる内分泌障害、カルシウム代謝異常、腎不全、栄養
障害などではなく、全体としてはヒトの早老症によく似たもの
であった。
ついで原因遺伝子を同定した。プラスミドレスキュー法によ
って得られた挿入遺伝子に隣接する染色体DNAをプローブとし
て挿入領域をカバーする遺伝子を分離した。挿入位置から6Kb
離れた部位から転写単位を同定され、ついで、cDNAクローンを
分離し、全塩基配列を決定した。得られたcDNAが原因遺伝子で
あることを確認するために得られたcDNAを普遍的に発現するプ
ロモーターに連結し、トランスジェニックマウスを作成し、突
然変異マウスと掛け合わせ、変異表現型が回復することを確認
した。
得られたmRNAは約5.2kで、N端にシグナル配列、C端に膜貫
通ドメイン構造をもつ1014アミノ酸からなる新規の1型膜蛋白
質をコードしていた。その発現は腎臓で高く、弱い発現が中枢
神経系で観察された。RT-PCRにより卵巣、精巣などでも発現
が確認されたが、骨、皮膚、胃などでは発現は認められなかっ
た。ホモ、ヘテロ、野生型マウスのmRNAの解析により、ホモ
ではほとんど発現しておらず、変異マウスはnullに近い
hypomorphであることが確認された。マウスcDNAをプローブ
としてヒトcDNAライブラリーより相同遺伝子を分離し、その
構造を決定したところ、同様の1型膜蛋白質をコードする
mRNAとスプライシングの制御により、蛋白中央にストップが
入るmRNA、すなわち、分泌型蛋白質をコードするmRNAが同
定された。
今回得られた挿入突然変異マウスは世界で始めて得られた顕
著な早期老化を示すマウスであり、加齢にともなって発症する
多くの疾患の成り立ちを解析するための重要なモデルマウスと
なると期待される。同定された原因遺伝子の機能についてはレ
セプター、リガントなど、幾つかの可能性が考えられるが、今
後の課題である。ヒト早老症の原因遺伝子の解析から体細胞突
然変異の蓄積が老化に結び付くとの考えが提出されているが、
本実験の結果は異なる概念による老化機構の存在を示唆してい
る。