優秀作品(12)

熊本大学・遺伝子実験施設・荒木正健
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2001年 3月28日更新


『イエスの遺伝子』(薬学部)


1.宗教について
 この本では、父が娘の本来なら避けようのない運命を変えるために宗教上許されない神の奇跡をイエス・キリストの遺伝子を解析することで解明しようとします。
 私達日本人には頭では理解できても心からそう思うことはできないのは「宗教上許されない」という点です。日本の土着宗教は神道で、その八百万神はとても人間的ですし、比較的早い時期に伝わり一般的に信仰されているのは仏教です。仏教とキリスト教の教えでは、人間としての生き方については似通っていますが根本的な面では全く違います。釈尊とキリストの最も違っている面は、前者はその生涯を通して悟りを得て仏となった者で、後者は生まれた時から神に選ばれた者であるということです。仏教では修業を通じて悟りを開くことを目的としますが、キリスト教では神とは許しを請う対象であり、自分を救うものであり、許されるために自らを律します。本にあった通り、神の力を行使しようというのは明らかな越権行為なのです。日本人の大半は無神論者(この本やキリスト教一般でいう無神論者とは「キリスト教の唯一神を心から信じていない者」という意味で仏教徒も含まれます。)なので、科学はどこまでが可能なのか、ではなく「許されるのか」ということは自らの公共心、倫理観に頼るほかありません。クローン技術や遺伝子解析についても「生命の創造は神にのみ許されること」でブレーキがききます。また、この本では科学者達が神の力を得、選ばれし者が死ぬという結末をもって、科学が勝利しています。しかし完全に解明されたわけではないことと、マリアの死体が消えたことで、作者には決着がついていないことがわかります。

2.狂信について思ったこと
 この本の中に出てくる団体「ブラザーフッド」は当然架空のものですが、決してありえないものではないことは日本の愚かな宗教団体が示しています。彼ら狂信者達にとっては自分たちの信じる存在の為なら殺人すらも罪ではなく、むしろ称賛されるべきことで、「汝の敵を愛」することができません。こう書くと特別な人達のことに思えますが人は皆その要素があります。戦争でも「平和のため」に戦います。自分の利益のために何でもする人もいます。

3.医療の目指すもの
 イエスの遺伝子、すなわちどのような病気も治す簡単な方法が発明されるとすれば、人間はそれをどうするべきなのでしょうか。この本では最終的に12人の信用できる人間がその能力を持つという事になりました。全ての人間がその能力を手にすれば人々に歯止めがきかなくなり、自然のバランスを壊し、少人数に与えれば悪用される、だから自分たちだけの秘密にしておこうという決断でした。そうする他はなかったのだと思います。しかしそれならば、現代医学が目指すものは何なのでしょうか。これまで全ての病気を治療できるようになればいい、と漠然と考えていました。しかしそれが許されない事であるのならばどうするべきなのか、と。自然のバランスというものは確かに存在します。神の御業という者がいるのも当然です。しかし、例えばマリアは遺伝子研究を悪とみなしましたが、彼女は整形手術を受けています。神が決めたはずの自分の体を変えてしまっていたのです。人工の光で満たされた部屋に安らぎを覚えます。人はもうすでに自然のバランスを崩しているということです。そして、全てを治療する方法は、それこそ神の遺伝子でもないかぎり無理な話です。トム・カーターは娘の病気を治し、運命を変えました。私達医療を志す者がすべき事はまさにそれで、自分の大切な人間を守るということです。それは何も医者に限らず、普通のサラリーマンでも、自衛隊の者でも自分の大切なものの為に生きます。その対象は恋人であったり、子供、猫、ペットまたは自分自身のためであったりします。

4.読みながら考えたこと
 地球は進化してきました。様々な生物を創り、数えきれない試行錯誤の末、現在の姿になりました。生物はその生態系の中でそれぞれがみずからの役割を担うことで共存してきました。そして人間が誕生し、人間は生態系を壊し、自分たちだけのために生存していると言われます。神を信じるわけではありませんが、宇宙を統べる法則は学べば学ぶほどその存在が確かであるように思えてきます。何故人間だけが例外なのでしょうか。何らかの存在理由があるはずです。知性を持った我々の存在は、一つの可能性として創られたのではないでしょうか。一つの段階を越えることができるか、それともその知性に逆に喰い潰されるか。遺伝子研究に限らず、物理学、化学などもそうです。知性を持った生物の存在を許したのは、この地球という生態系の大きな賭けなのではないかと思います。


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