優秀作品(8)

熊本大学・遺伝子実験施設・荒木正健
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2001年 3月28日更新


『イエスの遺伝子』(法学部)


 この本は2つの正義の葛藤を表したものだと思う。
 1つは、プリーチャーら"ブラザーフッド"の正義だ。
 彼らの正義は、悪を消し去ることで世の中を浄化しようとする正義、つまり、世の中の悪人を少しでも多く殺そうとする正義だ。さらに彼らの守る思想は、神の領域に介入することを否定する。人間が神に近い力を持つことは許してはならないのだ。
 もう1つは、主人公トムらの正義だ。
 彼らは、神が救うことをやめた人々の命をなんとかして救おうとする正義、つまり一人でも多くの人を生かそうとする正義だ。彼らはそのために「ジーンスコープ」を発明し、「イエスの遺伝子」から、あらゆる病気を治療する奇跡の力を見つけだそうとした。
 私たちが普段そうだと信じている正義は後者の正義だ。他人の生命を尊重し、生かすことを美徳とする文化の中で生きている。カナ・プロジェクトが生みだした血清はまさにこの考えを実践するもののように見える。
 しかしエゼキエルはトムに、血清で病気やけがを完全に治療できるようになった世界は地獄だと言った。「苦しみばかりの長い人生だ」とも。それは本当に正しいことだと思った。本当にそんな世界は恐ろしい、現実に起きてほしくない世界だと思った。
 だったら私たちはそんな世界にならないようにしなければならないが、どうすればいいのか、私にはよくわからない。この本では、治癒能力をもつ人を制限することで、そんな世界にならないように予防した。
 しかし、現実に、医療で大部分の病気、けがが治療可能になった時、私たちはどのようにしてその「治癒能力」を制限するべきなのだろう。誰を治療し、誰を治療するべきでないと判断するべきなのだろうか。
 治癒能力を持つマリアは言っていた。「助けないということは、殺すことと同じ」。
 私には、誰が生きるべきか、死ぬべきかよくわからない。
 その点でマリアは誰が「死ぬべき」なのか、分っていた人なのかもしれないと思った。だから彼女は自分を「無罪」だと言い続けた。彼女が殺した数多くの人たちも、トムも「死ぬべき」人であって、それは不治の病にかかったホリーも例外ではなかった。彼女はある意味一番正しいのかもしれない。
 私たちは、これからどうやって、生きる人、死ぬ人を選択していくのだろう。そもそも私たちに、そんな選択をする勇気も、権利もあるのだろうか。
 本の中で選ばれた12人の「使徒」たちは、どうやって選択していくのだろう。様々な疑問が浮かぶ。
 だから、作者は最後にブラザーフッドを描き、マリアの死体を描かなかったんだと思う。


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